JJでございます。
秋が来ると思いだす苦い思い出があります。
この何年かは、日本では四季の移ろいを感じられなくなり、
夏と冬しか無くなってしまったような気候です。
私が、家電販売をいたしておりました時代には春と秋に
ご結婚される方が多くいらっしゃいました。
結婚式場の方によると、春と秋は暑過ぎず、寒過ぎず、
花嫁衣裳を着る際の負担が少なく、招待される側も服装に余計な気を遣わなくても良い
気候であるという事も理由のひとつだとお伺いいたしました。
また、日本の祝日が春と秋の良い季節に重なっていたそうです。
実際に、私も春と秋には結婚式に招待されることが多く、
ご祝儀の支出の多さに青ざめたことが何度かございました。
時代も変わり、現在では、ご実家でお使いになっていた、または一人暮らしの時に使っていた家電を
家族が増えるまで、または壊れるまでそのまま使われる方が多くなったようです。
当時は、結婚・入籍時に一括で新しい生活家電を購入される方が多くいらっしゃいました。
“ブライダル”と呼ばれる案件は接客時間は長くて大変なのですが、売り上げは
その日一日のかなりの割合を占める売り上げが期待されておりました。
人生の喜ばしい門出のお手伝いができる事も、とても嬉しかったです。
新郎新婦お二人か、ご家族ご一緒に土曜日・日曜日ご来店することが多くございました。
10月の中旬のことでございました。
そのお嬢様は、平日の午後3時過ぎにお母さまとご一緒にご来店されました。
たまたま、入口で販促物の貼り替えをしていた私に声をかけてくださいました。
「娘が結婚するので、電気製品の見積もりをお願いしたのですが。」
とお母様が仰りました。
お二人を各売り場へご案内し、和やかな雰囲気の中、多くの商品を決められ、
電子レンジを選んでおりました。
閉店近くになり、お嬢様が時計何度も見ているので、
「お時間は大丈夫ですか」
とお尋ねすると、
「彼が仕事終わりにここへ来て一緒に見る約束をしているの。」
とそわそわいたしておりました。
「この娘はずっと奥手で縁遠くて、やっと良い方に出会ったんですよ。
この子の父親が早くに亡くなって、私が一人で育ててきたの。
だから、長い間、苦労させてしまって。
大人になっても、私の事も心配だからって結婚もしないって。
でも、待った甲斐があって良い縁談に恵まれたのよ。
相手の方は会社を経営していてね、私と一緒に住んでもいいと言ってくれてるの。」
とお母様が嬉しそうに仰りました。
するとお嬢様が、左手の薬指にはめている指輪を私に見せてくださいました。
鳥の翼の形の付け根部分に透明のキラキラした石が埋め込まれたどちらかと言えば
大胆なデザインの指輪でした。
「これ、芦屋の知る人ぞ知るデザイナーの作品なの。彼が内緒でオーダーしてくれてたの。
ちょっとサイズが大きいから、お式までにお直ししてもらうの。」
ととても幸せそうに見えました。
指輪はお嬢様の左手薬指にはかなり大きく、くるくると回っておりました。
石のついている方が掌の方を向く度に上向きに直しておられました。
当時、レシピを表示してくれる電子オーブンレンジが発売されたばかりで、高額でしたが
お嬢様はそちらをお気に召されておりました。
そこへ、丁度、新郎がやってきました。
突然後ろから
「こんなんいらんやろ」
と言われたので驚いて振り返ると作業着を着た新郎らしき人が立っていました。
お二人のお話を聞いて、私のイメージしていた新郎像とかなり違っていたので違和感がありました。
「でも、これがあると、毎日美味しいお料理つくれるよ。」
と新婦が言うと
「あたためだけで充分や」
と引かないので取り敢えず、電子レンジを保留にして見積もり書を作成いたしました。
見積金額は約80万円でした。
結納をせず、結納金が発生しておらず、新郎が商品代金を支払うとのことでした。
ご祝儀価格でかなり値引きを入れ、端数を切り捨てました。
応接コーナーで待つ3人に金額を伝えると母娘は喜んでおりましたが、
新郎はなぜかずっと不機嫌で、
「ローンどこ使ってる?」
といきなり、私に聞いてきました。
「当店の取り扱いメインは○○クレジットですが。」
と言うと
「あっ、そこ駄目。俺、相性悪くて。△△クレジットにして、できるでしょ。」
と言われたので△△クレジットに申し込みをしたのですが、審査に通りませんでした。
その結果を3人に伝えるとお母さまは
「新郎さん、ローン通らないってどういうことなの?じゃ現金で支払えばどう?」
と話しかけると、新郎は
「金あったらローン組まねえし。あーめんどくさー。やめだ。やめだ。結婚やめる。」
と言い出したのです。
お母さまは、その態度に激怒し、
「新郎さん、あなた何なの?娘と結婚したくないの?」
と新郎に詰め寄りました。
すると新郎は
「ばばあだけど、親子で金貯めこんでるってきいたから、結婚してやろうとおもったのによ。
身の程知れよ。」
と悪態をつきました。
お嬢様は、真っ赤になって
「じゃあ、この指輪は?私の為にデザインしてくれたって言ったよね。」
とほとんど涙ながらに新郎に問いかけました。
「お前、馬鹿なの?サイズあわないだろ?それ、行きつけの質屋で買ったやつ。」
「じゃ、この話なしで。」
と言い放ち店を出て行ってしまいました。
お嬢様は新郎の跡を追いかけて店を出て行ってしまいましたが、
お母さまはその場で泣き崩れ、しばらく座っておられました。
私も何とお声をかけてよいか解らず、傍に立っている事しかできませんでした。
「詐欺だったんですかね。今まで貸したお金はどうなるのかしら。警察いきます。」
とふらふらと出て行ってしまいました。
店頭で家族がささやかな喧嘩をすることなどよくあることなのですが、
今回はかなり深刻な感じのブライダル案件でした。
溜息と物凄い脱力感。
「私の接客時間4時間を返してくれー!」
と心の中では叫んでいましたが、母娘の心情を考えると
ただ、
“お母さまとお嬢様に幸あれ。”
としか思えませんでした。
月並みな言葉ですが、
“人生って本当に色々あるなあ”
と実感いたしました。
その後、母娘はご来店されることが無かったのですが、当店の上得意様が
当店での購入をその母娘にお薦めしたという事が判明し、お話しを
お伺いいたしました。
新婦と新郎は職場の取引先でお互いに顔見知りだったようです。
新郎が新婦母娘の慎ましやかな噂を聞き、職場の男性に引き合わせてもらい
お付き合いが始まったそうです。
新郎が勤務していたのは、親族が経営している工務店で
ゆくゆくは、自分が社長になると新婦に嘘をつていたそうです。
新郎はギャンブルで多額の借金を作ってしまい、新婦の財産を
狙っていたようです。
当店でのトラブル後、結婚は破談になったそうですが、それまでに貸していた
お金の返済を巡って争っているとのことでした。
25年ほど経った今でも、思いだすと 切なくなる案件です。
毎日、多くの人と出会い、触れ合う”あきない”を長く続けていますが、
出会う方々、皆様に良いご縁がありますよう
お祈りいたしております。