兄がトイレから出てこない

H本兄君が当店で、人生初のアルバイトを始めて

はや、10日が過ぎていました。

土曜・日曜の他に、シフトに余裕のある平日の9時から5時に

働き、クルーさんとの面識を広げてゆきました。

コンビニのバイトを”社会の底辺”と私に豪語していた兄君ですが、

店内でのオペレーションの多さに驚き、

教えることすべてを、熱心に

厚くて小さなメモ帳にぎっしりと書き、

次々に覚えてゆきました。

さすが、理工学部出身です。

接客中に、解らないことがあれば、メモをめくって

一生懸命に対応していました。

昨日、シフト上がりには、

「店長、働くっていいですねえ。

 なんか、ワクワクします。」

とまで、言うようになっていました。

まだまだ、しゃべることは苦手なようでしたが、

同世代のクルーさん達とも話をするようになり、

“社会の底辺”で、仕事の愉しさを感じているようでした。

夜勤明け、帰宅して眠っていた私の携帯が14時過ぎに鳴りました。

店からです。

驚いて出てみると、昼勤のK﨑さんでした。

K﨑:「店長、寝てますよね。

    ごめんなさい。

   でも、緊急なんです。

   H本兄君が、トイレに籠って出てこなくなって、

   トイレが使えなくて困ってます。

   女子用トイレ使ってもらって対応してますけど、

   私、一人でちょっと、レジから離れられないし、

   どうしましょう?」

JJ:「トイレに籠っててどういう事?

   おなか痛いの?吐いてるの?

   具合悪いの?」

K﨑:「いや、おなか痛いってトイレ行きましたけど、

    もう、1時間以上、中にいて、

    私も心配でドアの外から声かけたら、

    泣いてるみたいなんです。」

???

なぜ泣く?

K﨑:「昼に、常連のお客さまと話してて、

    そのあと、真っ青になって

    急に、トイレ行ったんですよ。

    それから、ずっと中に籠っています。

    何がなんだか、解らなくて、

    店長、来てください。」

さっき、寝たばかりなのに。

仕方がないので、

こぐまさんは夜勤予定だったので、

こぐまさんを起こさず、

一人で、店に行きました。

店に着いて、H本兄君がトイレに行く前の

店内カメラをチェックしました。

近くの営業所勤務の若い常連さんのレジを打って、

2分程、何か話しています。

店内に、お客さまも多く、

音声がはっきり聞こえず、

どんな会話をしているかわかりません。

お客さまの買われたのは、

整髪料1つでした。

何だろう?

この接客がトイレに籠る理由なのだろうか?

とにかく、トイレのドアの前に行くと、

中から、泣き声が聞こえます。

JJ:「兄君、どうした?

   具合悪いの?どこか痛いの?」

H本兄君は答えません。

JJ:「どうして泣いてるの?」

返答なし。

JJ:「お客さまがトイレ使えなくて、困ってるよ。

   具合が悪かったら、救急車、呼ぼうか?」

H本兄:「ずーーーっと、ずーーーっと。」

JJ:「何?ずっと何?」

H本兄:「裏切られたーーーー!」

急に、H本君がトイレの中で叫びました。

JJ:「大丈夫?落ち着いて。

   何があったの?

   お客さまに何か言われたの?」

H本兄:「ううっ、うう、

     ずっと信じてたのにーーー。

     間違ってたーーー。」

JJ:「何が?誰に?」

H本兄:「ギャッツビーって知らなかったーーー!。」

???

 JJ:「ギャッツビー?」  

さっきのお客さまが買われた整髪料か?

JJ:「ギャッツビーがどうかしたの?」

H本兄:「高校生のときからー

    ずーーーっとー ずーーーっとー

    誰も言ってくれなかったーーーーー!」

本当に訳わからん。

JJ:「お客さまとなにかあったの?

   はっきり言ってくれないかな。」

H本兄:「恥ずかしいーーーーー!」

いい加減にしろよ。

なんなんだよ。

トイレの中で叫んでいる人がいるので、

トイレを使用しようとしたお客さまが

ドアの前に集まってきました。

お客さま:「店長、立てこもり?強盗?」

お客さま:「店長、なんか、叫んどるけど

      大丈夫なん?警察よぼうか?」

いかん、騒ぎになり始めている。

JJ:「兄君、このままだと警察呼ばなきゃいけなくなるからさ、

   はやく、出てこようよ。」

H本兄:「ギャッツバイだと思ってたーーーーー!」

JJ:「ギャッツバイ?」

マンダムの男性化粧品のブランド名は

“GATSBY”

“ギャッツビー”だ。

H本兄:「だって、だって、だって、だって、だって

     ビーワイ(BY)はバイですよねーーー!」

JJ:「そうだね。」

H本兄:「By the wayってバイザウエイですよねーーー!」

JJ:「そうだね。」

なんで、バイザウエイ?

H本兄:「だからーーーずーーーっとーーー

     ギャッツバイだと思ってたーーー。

     さっきの客さんが

     ”ギャッツビーまとまりいいよね”って言うから、

     お客さんが間違ってると思ってー

     ”お客さん、ギャッツバイですよー"

     って言ったら、商品の裏見せてくれて、

     "ギャッツビーやで"って

     見たら 本当に

     "ギャッツビー"でしたーーー。」

まあ、そういう事もあるわな。

H本:「高校の友達も、大学のゼミの仲間も

    "ギャッツバイっていいよね”とか話してたのに

    誰も、"ギャッツビー"って教えてくれなかったー!

    僕のこと、陰で馬鹿にして笑ってたんですーーーーー!

    恥ずかしいーーー!悔しいーーー!」

はあ。

疲れたよー。

お家に帰りたいなー。

もう、いいかな。眠いんだけど。

その時、周りにいたお客さまの一人が、

「そら、ちょっと恥ずかしいな。ギャッツバイはないわ。」

と言ってしまいました。

H本兄:「ほらー、やっぱり恥ずかしいんだーーーーー。

    明日からもう、ここで働けない。さっきのお客さんが

    僕のあだなをギャッツバイって絶対に広めるはずーーー!」

お客さま、余計な事を言わないでほしいですーーーーー!

JJ:「高校の友達も、ゼミの仲間も 本当に

    "ギャッツバイ"だと思ってたんじゃないの?」

絶対ないけど。

JJ:「どうするの?ずっとそこにいるの?」

H本兄:「恥ずかしくて出られませんーーー。」

JJ:「ここに高校の友達とかもいないし、恥ずかしくないよ。

    "ギャッツビー"ってわかったし、いいじゃない。」

H本兄:「LINEで既読スルーされたり、ブロックされるの、

     "ギャッツバイ"とか言ってたから

     馬鹿だと思われてーーー

     それが原因だとーーー。思うーーー。」

違うーーー。と思うーーー。

それは、別に原因があると思うけど。

JJ:「悔しくて、恥ずかしい気持ちはわかるけど、 

    ずっと、トイレにいるともっと恥ずかしくなるよ。

    お客さま、兄君が中で大声出すから驚いてるよ。」

H本兄:「えっ、僕、どうすればいいですかーーー?」

JJ:「出てきてください。」

H本兄:「そこに、誰かいますか?」

JJ:「お客さまがいらっしゃるよ。」

H本兄:「恥ずかしいんで、人払いしてください。」

はあ?

恥ずかしいなら、最初から籠ったり叫んだりするなよ!

私の周りで聞いていたお客さまも、

「店長、なんかこの頃この店、大変やな。」

「ほな、向こう行こか。」

「ギャッツバイはおもろいな。」

と言いながらトイレの周りから離れてくださいました。

5分程して、

H本兄:「店長、周りだれかいますか?」

JJ:「誰もいないよ。」

やっと、トイレのドアが開きました。

トイレの中を見ると、トイレットペーパーで涙を拭いていたのか、

便器の周りにはぐるりと床が見えないくらい、

千切られたトイレットペーパーが散乱していました。

H本兄:「店長、お騒がせしました。すみません。」

JJ:「もう、落ち着いた?」

H本兄:「はい、だいぶん。」

JJ:「じゃあ、とりあえず、トイレ掃除して

    トイレットペーパー補充してくれるかな。

    そのままじゃ使えないから。」

おはなしはつづきます。

こぐま

こぐま夫婦です。夫こぐま:大学卒業後、某家電メーカー20年勤続後、早期退職。某コンビニチェーンのオーナーを経て某自動車メーカー勤務。妻JJ:大学・専門学校卒業後、不動産会社勤務→某家電販売チェーン地域店舗統括マネージャー→コンビニチェーンオーナー→オーガニック加工食品販売会社経営。毎日の出会い、小さな幸せを大切に生きています。

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