「”いらっしゃいませ”ってお客さまに言えますか?」
JJは、朝のラッシュが始まる前に、H本君に聞いてみました。
H本:「いえ、言いません。」
やっぱり。
H本:「Uさんのコンビニでは、
“お客さんとしゃべらなくていい、商品並べるだけでいいから”
って言われてました。」
やっぱり。
JJ:「じゃあ、深夜でも、お客さまが来たときはどうしてたの?」
H本:「もう一人のシフトの人がやってました。
一人の時には、レジは打ちましたけど、
しゃべりませんでした。」
はあ、そうなんですか。
JJ:「コンビニの仕事って、お客さまと話さなきゃいけないこと、
結構、多いんだよ。
”いらっしゃいませ”は言おうよ。言ってみて。」
H本:「い、らっ、しゃい・ませーー」
古い壊れたロボットの様だ。遅すぎる!なんで途切れ途切れなんだ?
JJ:「もうちょっと、滑らかに続けて言えないかな。」
H本君は、しばらく黙った後、
H本:「だいたい、”いらっしゃいませ”って何ですか?
必要なんですか?
自分は、客として、他の店に行って
”いらっしゃいませ”って言われても、
なーんも有り難くないです。
なんか、カモネギっていうか、
何かを売りつけようとする気が満々じゃないですか!」
いや、そんなことないけど。
そうですか。
困ったな。
Uオーナーが、H本君を使えなかった理由が少しずつ解ってきました。
どうしようか。
言いたくない挨拶されても、お客さまは喜ばないし、
不機嫌さが解ってしまうと、クレームにもなりかねない。
JJ:「じゃあ、H本君がお店に入って、店員さんに言われたら
嬉しい言葉ってなに?」
H本:「そうですねー
”限定フィギュア、まだ、ありますよ”
とか
”新商品、取り寄せできますよ”
とか
”アニメの新シーズンの情報ありますよ”
とか
”無料試飲やってます”
とかですかね。」
うーむ。
なかなか、手強いな。
これが、ジェネレーションギャップというものなのか。
JJ:「家族や友達に会ったときに、なんて挨拶してる?」
H本:「ちーすとか。おはとか。おやとか。」
JJ:「なんで、省略するの?」
H本:「なんか、かっこいいから、かな。」
JJ:「20歳過ぎた大人がきちんとした言葉話せなくて
省略して言うのって、余計ダサくない?」
H本:「うー。言われてみれば、ちょっとおかしいかも。」
JJ:「”おはよう”って言った方がすっきりするじゃない?」
H本:「そうですねえー。」
JJ:「じゃあ、今日から、うちの店で、お客さまには
朝は”おはようございます”、昼はいないから、
夜は”こんばんは”って言わない?」
H本:「うー。わかりました。それなら簡単でいいです。やってみます。」
そういったやり取りの後、すぐに朝ラッシュが始まり、
午前6時からは、早朝勤のI君もシフトに入り、
4人でH本君初めてのシフトを終えました。
H本君には、私の隣でずっとサッカーを担当してもらったのですが、
意外と、袋詰めが上手く感心しました。
袋詰めをしながら、お客さまに
「オ・ハ・ヨウ・ゴザイ・マース」
と、たどたどしくではありますが言ってくれて、
頑張ってくれているのが解り、嬉しかったです。
1週間ほど、H本君とわたしとこぐまさんで深夜勤をこなし、
H本君も動きにも無駄がなくなり、任せられるようになり、
私は安心して、ゆっくりとコーヒーマシンの清掃ができるまでになりました。
当時、深夜勤のクルーさんがもう一人、在籍していたのですが、
持病の腰痛が悪化して、しばらくお休みしておりました。
こぐまさんか私が、H本君と一緒にシフトに入るように計画をしていた矢先、
昼勤のクルーさんが、肩と腕を怪我して抜けることになってしまい、
また、同じシフトに入っていた、もう一人のクルーさんも子供さんが病気になり、
1週間ほど、どうしても、H本君に深夜勤を
ワンオペで任せるしかない状況になってしまいました。
こぐまさんと私の心配をよそに、
「楽勝っす!」
とH本君はなぜか嬉々としていました。
H本君がワンオペで深夜勤に入った初日、
私は、早朝6時からシフトに入りました。
ざっと、店内をみたところ、綺麗に商品も並べられていたのでほっとしました。
H本君は、昨晩の22時からシフトに入っていたので
6時で上がり、
「店長、完璧です。頑張りました!褒めてください!」
と言って、迎えに来た母親の車に乗り、帰ってゆきました。
I君と朝ラッシュに挑んだ私でしたが、
ラッシュが始まってすぐに、常連のお客さまが、レジ横から
「店長、牛乳石鹸の赤箱ないで。」
と言ってきました。
工事現場や港湾労働者の寮も多いこの辺りでは、
絶対に欠品してはいけない商品のひとつです。
以前に、PBブランドの石鹸をおすすめしたのですが、
洗浄力が違うと不評で、あまり売れません。
おかしい。絶対に無いことはない。
毎日、チェックして発注しているのに。
すると、会計をしていたお客さまが
「ああ、それ、サバ缶のところにあったで。」
とおっしゃるのです。
えーっ。サバ缶?
どういうこと?
すぐに、売り場を確認したかったのですが、
レジ待ちのお客さまが途切れず、そのままになってしまい、
先ほどのお客さまは
「石鹸あったで。なんでか、イワシの缶詰と並んで寝とった。」
とレジに持ってこられました。
しばらくすると、また常連のお客さまで
毎日、ひとくち羊羹を買われるお客さまが
「店長、羊羹どこ行った?箱ごとないで。」
と言ってきました。
えーっ。また?
体力を使うお仕事に従事されているお客さまが多い当店では、
男性のお客様に甘いお菓子がよく売れます。
ひとくち羊羹は、毎日売れるので、小倉と抹茶を常に2ケース、
お菓子のコーナーに在庫として置いていました。
すると、後ろにならんでいたお客様が、
「羊羹、カロリーメイトのとこにあったで。」
とおっしゃいました。
一体、どうなっているのか?
商品が、あるべきところにない!
これから起こる店内パニックの序章でした。
おはなしはつづきます。