ソロデビューライブが決定したKは、
仕事中や、休憩中に
まるで、もう自分がアイドルかスターになったかのような
傍で見ていると滑稽な態度に変貌しました。
お客様に、
「ガラスの写真の人、あんたやろ?」
とただ聞かれただけなのに、
「すみません、サインとかできないんです。
肖像権とかあって写真もNGなんです。」
と答え、お客様を多いに困惑させていました。
シフトが終了してもバックルームで廃棄のパンを食べながら、
なかなか帰らず、次のシフトのクルーさんを捕まえては、
音楽のつまらない誰でも知ってるようなうんちくを披露したり、
「K﨑さん、コーヒーおごってくださいよ。
もうすぐ、皆さんとも気楽に話せなくなるんで。
僕に、コーヒーおごってくれたら、
”あのKENTAにコーヒーごちそうしたんだ”
って自慢できますよ。」
と厚かましく飲み物や食べ物をたかっていました。
そして、ライブに備えてシフトに入る日数も徐々に少なくなってゆきました。
いよいよ、当日となり、クルーさんは皆、Kのライブに行くため、
夕夜間から、私とこぐまさんの2人でシフトを長時間入ることになりました。
私が翌日の夕夜間に出勤したので、
Y下君とH山さんに昨日のライブの様子を尋ねました。
Y下:「うーん、微妙でした。」
H山:「はっきり言うけどさ、僕はメジャーデビューとかって
無理だと思うよ。
お客さん、20人くらいしかいなかったよ。
そのうち、うちのクルーが半分くらいだったし。
芸能事務所っぽいスーツ着た人がいたけど、
ずーっと、隅の壁のほうで険しい顔してたし。」
Y下:「彼女っぽい人が、一番前で一人だけ
うちわ持って騒いでたよね。」
そうなんだ。
JJ:「まあ、うちらも素人だし、
うちらには解らない魅力があるのかもね。」
そして、翌々日の昼勤シフト終わりにK﨑さんとO野さんに会ったので、
また、ライブの感想を聞きました。
K﨑:「アンコールで盛り上がってました。」
O野:「あれだよね、忍たま乱太郎だよね。」
JJ:「忍たま乱太郎!?」
K﨑:「アンコールで忍たま乱太郎の主題歌の
”勇気100パーセント”だっけ
♪100パーセントゆうきーって歌を
唄ったんですけど、それしか
盛り上がってませんでした。
KENTA君って話すときは普通なんですけど、
唄う声がすんごく高くて、しかも、なんか
すんごく苦しそうなんですよ。」
O野:「見てたら、首絞められたみたいな変な顔で唄ってて
ちょっと気持ち悪くて
聴いててこっちまで
ずーっと体に力が入っちゃって
とっても疲れました。」
JJ:「みんな、ありがとう、忙しいのにライブ行ってくれて。」
しか言えない。
その夜、ライブがあってから、Kが始めて出勤してきました。
バックルームに入ってくるなり、
K:「店長、オーナー、ライブ大成功でした!
事務所の担当のひとから、後日、
メジャーデビューの
連絡があるそうです。
半年間、お世話になりました。
もう、皆さんとは会えない高ーい場所にいきますけど、
ここで働けてよかったです。
今月末で退職します。」
と元気そうだったのでこぐまさんと2人で安心しました。
しかし、その4日後、夕夜間に出勤すると、
昼勤のクルーさんが私を待っていました。
JJ:「えっ、どうしたの?まだ、帰らないの?
何かあったの?」
K﨑:「K君のデビューがダメになったらしいんです。」
やっぱり。
O野:「昨日までは、”ライブどうだった?” って
私たち、皆に”良かったよ!すごいね!”って言ってほしい
みたいで、店長には黙ってたんですけど、
シフト終わっても解放してくれずに、
ライブをいっぱいいいっぱい褒めてあげないと帰れなかったんです。」
なんと!
Y下:「それが、今日になってすんごい機嫌悪くて、
商品投げたりしてて、O野さんがなだめてたんですけど、
デビューが無くなったって、
僕らのせいだって怒りだしたんです。」
そういうヤツだよ。
クルーさん皆に迷惑をかけてしまったことを謝り、
店内カメラをチェックすると、
入荷した商品を床や壁に投げつけたり、
お客さんに釣銭や商品を投げて渡したり、
勝手にコーヒーやカフェラテを
何杯も入れて飲んだりしていました。
その時、店の電話が鳴ったので取るとKからでした。
K:「店長、デビューダメになりました。
ライブ、集客数が少なかったみたいです。
店長とオーナー、どうして来てくれなかったんですか?」
JJ:「えーっ、最初から私たちは行けないけど、
SVのS崎さんに行ってもらうって言ってたよね。」
K:「S崎さん、来てなかったです。
S崎さんも、ケンタなんで、名前おんなじだねって
応援するからって言ってたのに。」
後で、SVさんに確認すると、彼女と一緒に行こうと予定していたそうですが、
担当店で機械のトラブルがあり、遅くなり行けなかったということでした。
K:「S崎さん、来てくれてたらお客さん少し増えたのに。」
たった2人じゃん。
K:「あと、僕の高音がでにくくて、
やっぱり、コンビニで深夜勤とかしてたから
体に負担がかかったんだと思うんですよね。」
はあ?
自分勝手もいい加減にしろよ!
こっちは、雇う気なかったのに、
どうしても、お金がいるからって、深夜勤の人に
夕夜間にシフトずれてもらったりして
お前のために、クルー皆が協力してたんだぞ!
馬鹿なの?
あっ、こいつ、クズだったんだわ。
JJ:「言いたいことはそれだけですか?
この半年間、皆があなたにどれだけ
優しくして、我慢して、ライブ成功のために
協力してきたと思ってるんですか?」
K:「でも、無駄だったんです。」
JJ:「そうだね、無駄になったね!
でも、メジャーデビューがダメになったのは
うちの店やクルーさんのせいなの?」
K:「そうです。なんかサポート足りてなっかったてゆうか。」
こいつ、コロす!
絶対、あたまおかしい!
JJ:「とにかく、店の商品投げたり、
クルーさんやお客様に八つ当たりするのは
やめてくれるかな。
あと、残りのシフト、5日だよね。
もう、25歳なんだから、
子供みたいなことを言ってないで
きちんと仕事して迷惑かけないようにして
退社してください。」
Kは、何も言わずに電話を切ってしまいました。
そして、翌日、私が夕夜間シフトに入っていたので、
22時にこぐまさんが来てレジを閉めて
24時の深夜勤の交代を待っていました。
その日は、E藤さんとKが入る予定でしたが、
5分前になってもKは来ません。
いやな予感がしました。
23時59分に店の電話が鳴りました。
Kからでした。
JJ:「どうしたの?K君。
具合悪いの?」
K:「店長、今日、店に行きません。
辞めます。
昨日、店長に怒られて
心が折れて今日は家から出られず、
何も食べてないんです。
もう、何もできません。」
私、そんなに怒ったかな?
普通のことを言っただけなんだけど。
JJ:「今日の深夜勤、E藤さんひとりになるけど
彼女、ひとりにしていいの。
無責任だね。
本当に、自分勝手だね。
信じられないよ。」
K:「E藤さんが困っても、僕関係ないし、
僕の心のダメージの方が重症なんです。
それで、今日で辞めますけど
今まで働いた分の給料、
今から彼女に店にいってもらうんで
渡してください。」
はぁ、頭ン中腐ってるのか?
JJ:「無理です。支給日じゃないと渡せません。」
私がそう言った瞬間、スピーカーホンで聞いていた
こぐまさんが受話器を取りました。
こぐま:「おまえ、いい加減にせえよ。
長いこと、皆で面倒みてやったのに、
なんや、その態度は!
給料は払わんぞ!
欲しかったら、労基を通せや!」
と激怒してKに言いました。
普段は温和なこぐまさんは怒ると怖いです。
E藤さんは、
「KENTAに捨てられたー。わーどうしよー。」
と言ってパニックになっています。
JJ:「えっ、付き合ってたの?」
E藤:「違いますー。
付き合うとか、そんな俗物的な関係じゃないんです。
KENTAとは同じAB型で
芸術肌っていうか、深ーいところで通じ合っていたんですー。
それなのに、ひどーい、私をひとりにするなんてー。」
E藤、お前も、たいがいおかしいぞ!
いや、向こうは絶対そんなこと思ってない。
もうええわ。
急遽、深夜勤に入ることになりました。
今日も、帰れないこぐまさんとJJです。
お話は続きます。