JJ:「ご本人が、コンビニで働きたくないと
おっしゃってるんですが。」
これ以上、H本家からの刺客を店に増やすわけにはゆかない!
店の平安を守らなければ!
私は、低血圧なのですが、確実に血圧が上がるのを確信しました。
H本母:「いや、ちょっと圭介、何言ってるの?
奨学金の返済、どうするの?
バイクのローンもあるでしょ。
新しいパーツ欲しいって言ってたじゃない。
お母さん、これ以上パート増やせないの。
このままじゃダメだよね。
ずっと、お家にいちゃダメだよね。
同窓会、ずっといけないよね。
お母さん、町内会の会合でいつも、
肩身が狭いのよ。わかってる?
中学の時、友達だった向かいのY野君、
結婚して子供生まれたんだよね。
お嫁さんと挨拶きてたよね。
友達、結婚したってハガキ届くようになったよね。」
母親が一気にまくし立てました。
長い間我慢してきたんだと思いました。
が、
なんか、話が重くなってきたんですけど。
お家で話し合いしてきてほしいですー。
H本母:「店長さん、私、ずっと子供ができなくて、
40歳すぎて、やっとこの子ができて、
2年後に亮介も生まれて。
すごく嬉しくて。
普通の人より、歳取ってできた子たちなんで、
すごく甘やかしてきたんです。
反省してます。
今は、私と主人が働いていますが、
もう、私も66歳なんで、いつ、働けなくなるか
わかりません。
そうなったら、この子たち、
自分で働かないと、生活できません。
最後のチャンスなんです。
お願いします。
あの亮介がやっていけるお店ならばと、
お願いしています。」
お母さまの辛い気持ちは、とても解ります。
しかし、本人が働きたい感じではないし。
うーーーーーーーーーーーーん。
どうしたものか。
JJ:「圭介君はどこかで働いたこと、バイトとかしたことあるんですか?」
H本兄:「ありません。
就職活動がんばってたんですけど、
おそらく100社以上落ちちゃって、
80社落ちたとこまで、数えてたんですけど。
地方の会社も、遠征して受けにいったんですけど、
全然、ダメで。
最終面接の前日に急に”来なくていい”って
メール来る会社とかもあって、
もう、心も体もボロボロになって。
家から出るのが嫌になって。
同級生はみんな、早くに内定もらってたのに、
なぜ、僕が就職できなかったか、
今でも、わかりません。」
母親が差し出した履歴書を見ると、
偏差値高めの大学の理工学部を卒業していました。
JJ:「圭介君は、どうしたいですか?」
H本兄:「コンビニで働くとか、
僕の人生の計画にないです。
コンビニで働くなんて、
社会の底辺の仕事です。」
言ってくれるじゃないか。
JJ:「圭介君はコンビニを利用しないんですか?」
H本兄:「いえ、チキンとかおにぎりとか
グミ買ったり、
メルカリ出したり、
チケット買ったり
ATM使ったりします。」
JJ:「社会の底辺の人が調理したチキンとか食べるんですね。
店で、店員さんが対応してくれるのを見て、
いつも、どう思ってますか?
自分で簡単にできそうだと思いますか?」
H本兄:「わかりません。
でも、やってたら慣れるんじゃないですか?
時給低いし、あんまり、頭よさそうな店員いませんもん。」
ふーん。
JJ:「どこのコンビニに行かれてるかわかりませんが、
コンビニの仕事って、たくさんあるんですよ。
たくさんの細かいオペレーションを覚えて、
毎日、多くのどんなお客さまが来ても、笑顔で迎えて、
常連さんのたばこの銘柄も覚えて、入店したら
カウンターに用意しておく、
コーヒーの好みも覚えて素早く淹れる。
店内の商品も全部覚えて、補充や管理したり、
お客さまに何か聞かれたら、すぐに答えなきゃいけないし、
店内調理も大変だし、
頭悪い人にはできないと思いますよ。
ちなみに、うちのクルーさんは全員、大学卒ですけど。」
H本兄:「僕は、人と話すのが苦手なんで、
技術者になりたいんです。」
JJ:「じゃあ、根気よく就職活動されたら良いと思いますよ。」
H本母:「そんな、待ってください、店長さん。
もう、卒業してから3年も経ってるんです。
絶対、今のままじゃ、社会に出られないんです。」
JJ:「でも、ご本人が働きたくないと言っているので。」
一同沈黙が続きました。
どうしたいのかなあ、この子は。
困ったな。
しばらくして、H本兄が、ぽつぽつと話し始めました
H本兄:「弟が、僕より頭悪いのに、
コンビニで働くようになってから、
なんか、違ってきてて、
お金もいっぱい稼いでて
最初は馬鹿にしてたけど、
なんか、焦ってきてて、
母親も、嬉しそうで。
もしかしたら、自分もなんか
変われるんじゃないかと。」
ふーん。
H本兄:「ちょっと、うらやましくて。」
ふーん。
JJ:「圭介君、”いらっしゃいませ”って言えますか?」
H本兄:「いえ、言えません。」
だよねー。
また、デジャヴ。
1ケ月前にも、誰かから、このセリフ聞きました。
JJ:「お客さまと会話できないと、
コンビニでは働けません。
どうしますか?」
母親は、私と兄の会話を聞きながら、
涙目でオロオロしています。
本当に、気の毒になってきました。
しかし、この兄をお預かりして、
今のうちの店でやっていけるだろうか。
他のクルーさんに、余計な負担がかかってしまうのは
明らかでした。
そして、何より、コンビニの仕事に対して
ネガティブなイメージを持っている人を
雇いたくはないと思っていました。
H本兄:「就職したいです。
人と上手く話せるようになりたいです。」
うーん。
この母親と兄を突き放すことは
私には、できませんでした。
JJ:「何時から、何時まで働きたいですか?」
H本兄:「9時から5時です。」
その時間のシフトはもう、定員オーバーだ。
JJ:「土曜日・日曜日は来れますか?」
H本兄:「はい、今のところ、毎日
家にいるので大丈夫です。」
当店は、土曜日曜は近隣の工場や事業所が
お休みのところが多いので 平日よりは、
比較的にゆったりとした店舗でした。
結局、H本兄君は、土日からシフトに入り、
少しずつ、仕事を覚えるということになりました。
母親は何度も何度も
「ありがとうございます。」
を繰り返していました。
私は、コンビニの経営を始めるときに、
クルーさんは、一般の会社の社員のように、
長く勤めてくれるとは、最初から期待していませんでした。
研修でも、そのように教わりました。
コンビニバイトって
世間からみると、H本兄君が思っていたように、
社会の底辺の仕事のように、見られがちです。
それでも、御縁があって応募してくれて、
面接に来てくれて
御縁があって、一緒に働ける時間をいただけるのであれば、
その方が後に、
「あのコンビニで働いて、楽しかったな。良かったな。」
と働いた時間を誇れるようにしたいと
努力してきました。
また、新しいクルーさんの誕生です。
モンスターの卵というか、
すでにモンスター成獣なのですが、
これも、何かの御縁なので、
お引き受けいたしました。
H本家の2人のモンスターの伝説がはじまりました。
3年後、この兄が有名メーカーの営業職に
就けるなどと、この時は誰にも想像できませんでした。
おはなしはつづきます。