深夜勤の新人 1

JJでございます。

コンビニエンスストアを経営しているときのおはなしです。

1月初旬のことでした。

ある月曜日の22時過ぎに、違うコンビニチェーンの知り合いのUオーナーから、

電話がかかってきました。

Uオーナー:「おはよう、JJ。今から深夜勤?人足りてる?」

JJ:「こんばんは。いきなりなんですか。今日、月曜なんで棚作ってて忙しいんですけど。」

Uオーナー:「実は、今うちの店で深夜勤入ってる子がいるんやけど、

       JJのところで雇ってもらいたいんだけど、どうかな。」

Uオーナーは市内に3店舗経営しており、そのうちの、

1店舗は市内でも、日販が1・2位を争う大繁盛店だ。

人財は欲しいはずなのに、なんだろう。

なにかある。

JJ:「スタッフ、余ってるんですか?すごいですね。」

Uオーナー:「いや、余ってはないけど、ちょっとうちじゃ雇えないんよ。」

JJ:「なんでですか?理由があるんですか?お宅で雇えなかったらうちでも無理ですよ。」

Uオーナー:「悪い子やないんやけど、嫁(オーナーの嫁でメイン店舗の店長)と

       うまくいかんのよ。でも、僕の知り合いの紹介だから

       いきなり辞めてもらうわけにもいかなくてさ。」

JJ:無言。

Uオーナー:「それでね、今晩、そっちへ面接に行くから。

       もう、着くころだと思う。

       本人はそっちでも大丈夫って言ってるから。

       事情は本人から聞いて。

       力あるし、ドリンク出すの得意だし、絶対に戦力になると思う。

       名前はH本君だから、じゃよろしくね。」

と一方的に電話を切られてしまいました。

なんなんだ!

なんて、勝手な。

そりゃ、深夜勤は貴重な人財だし、うちは人手不足だから・・・

といって、足元見られている気がするが。

どんな子なんだろう?

と思いながら、月曜の夜なので忙しくて、

もくもくと棚を作っていました。

当店は、港に近い工業地帯にあり、住宅地は近隣に3軒のみ、

早朝から出勤されるお客様が多く、

22時以降は、来店されるお客様が少ない店舗でした。

しばらくすると、何か視線を感じます。

本売り場の対面で、しゃがんでで作業をしていた私は、

立って、店内を見まわしましたが誰もいません。

後ろを向いて、本売り場のガラス越しに駐車場を見ると

金髪のぎょろっとした大きな目の男の子がこちらを見ています。

わっ!

驚いた私に、ショルダーバッグから、白い紙を取り出し、

ガラスにビタッと押し付けました。

少し近寄ってみると、履歴書でした。

なぜ、店に入ってこないんだ?

私は、入口のほうを指さして、店内に誘導しました。

入口で、

JJ:「H本くんですか?」

H本:「はーい。Uさんからここへ行けって言われてきました。

   雇ってください。」

いきなりか!

JJ:「とりあえず。裏でお話しましょう。」

と私は、バックルームへと案内しました。

「これっ。」

と言って、封筒にも入っていない、しわがいっぱいついた履歴書を差し出してきました。

証明写真も台形に切られており、曲がって貼られています。

履歴書を見ると、一度大学を中退して、別の大学へ通信教育生として入学していました。

JJ:「今、大学生なんですか?」

H本:「はい、自分、新聞奨学生だったんですけど、

    どんどん、新聞の勧誘してたら、

    どんどん、購読者が増えて、

    どんどん、お金は貯まっていったんですけど、

    どんどん、自分の配達区域が増えて、

    どんどん、学校行く時間が無くなって、

    辞めました。」

“どんどん”、すごく多い。

JJ:「今は、別の大学の通信課程なんですね。

   実家住まいですか?」

H本:「お父さんは、ちょっと遠い地元の実家に住んでて、

    そこで仕事してて

    お母さんと兄貴と自分が、K町の

    賃貸の一戸建てに住んでます。

    すごく古くてボロいんですけど、

    小さい時から住んでて、家買ってたら

    完済してたよねって、家族で言ってます。」

ふーん。よくわからん。

JJ:「深夜勤希望なんですか?」

H本:「はい、お金が要るんです。」

JJ:「生活費ですか?借金とかあるんですか?」

H本:「借金はないですが、毎月10万円から15万円、必要なんです。」

JJ:「学費ですか?生活費を家計に入れてるんですか?」

H本:「いえ、母親も働いてるんで生活費入れてません。

    学費も、通信課程なんでそんなにかかりません。」

JJ:「じゃあ、何のお金が必要なんですか?」

H本:「僕を待ってる子が居るんです。」

JJ:「結婚とかですか?」

H本:「違います。結婚はできません。

    でも、心の中では、もう、夫婦です。」

不倫か?

H本君は、ショルダーバッグから、タブレットを取り出して、操作して

画面を私に見せた。

彼女の写真かな?

H本:「この子です。僕の嫁です。」

と言って、見せたのは今、流行している

アイドルを育てるアニメのアプリゲームでした。

H本:「この子です。ことりちゃんです。

    僕のお嫁さんです。

    店長さん、知ってます?」

やばい!やばいやつがきた!

引くの通り越して凍り付く。

絶対に雇ってはいけない。

触れてはいけない領域からやってきた子だ。

Uオーナーが雇えない理由は、これか。

JJ:「知ってます。先月、一番くじ売ってましたから。」

H本:「そーなんですよー。僕、夜から並んで3万円ほど使っちゃいました。」

JJ:「課金してるんですか?」

H本:「課金って嫌な言葉ですー。やめてくださいー。

    僕と、ことりの生活費ですー。」

そうなんだ。失礼しました。

JJ:「お母さんは、お二人の生活費について

   知ってるんですか?」

H本:「反対されてます。だから、自分で稼いで来いっていってるんです。」

でしょうね。

H本:「僕、力あるんでドリンク入れるの得意です。

    絶対に雇ってください。

    生活費、欲しいです。

    無いと困ります。

    真面目に働きます。

    トイレ掃除も得意です。

    なんでもやります。

    夜、一人でも怖くないです。大丈夫です。」

すごい売り込み方だ。

JJ:「ワンオペは基本ダメなんです。

   一人にはしません。」

H本:「廃棄、勝手に持って帰りません。」

あたりまえやん。

H本:「チキンも勝手に揚げて食べません。」

えーっ。

「アニメ本、開けて読みません。」

無理。

どうしよう。

カメラで見ると、こぐまさんは、店でもくもくと新商品を搬入していて、

相談できる状況ではない。

うーん。

私が悩んでいると

H本:「お試しで明日から来ていいですか?」

はあ?お試しって何?

JJ:「うち、金髪禁止なんですよ。」

H本:「Uさんとこでも言われましたけど、ことりの趣味なんで。

   こっちの店は、厨房あって、帽子かぶるから金髪でも大丈夫だって、

   Uさんにも言われました。」

なんて嘘を!

JJ:「じゃあ、髪色、暗くしたら、来てください。」

H本:「どれくらい?」

JJ:「そうですね、この子ぐらいですかね。」

と言って私は、アプリゲームのキャラクターの一人をさした。

H本:「うみちゃんかあ。暗いなあ。

    でも、うみちゃんかあ。」

絶対に来ないはず。

うみちゃん、さらさら黒髪の美少女だもの。

H本:「わかりました。

    生活費には代えられません。

    髪、暗くします。」

えっ。来るの?

新しい、モンスター深夜勤の誕生でした。

クルーみんな、いや、お客さまも翻弄されるモンスタールーキー。

おはなしは続きます。

  

   

    

こぐま

こぐま夫婦です。夫こぐま:大学卒業後、某家電メーカー20年勤続後、早期退職。某コンビニチェーンのオーナーを経て某自動車メーカー勤務。妻JJ:大学・専門学校卒業後、不動産会社勤務→某家電販売チェーン地域店舗統括マネージャー→コンビニチェーンオーナー→オーガニック加工食品販売会社経営。毎日の出会い、小さな幸せを大切に生きています。

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